【書評+全章詳細まとめ】三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』──70年読み継がれた名著の功績と限界

# 【書評】三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』──70年読み継がれた名著の功績と限界

## この本はどういう本か

三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』(1955年、講談社ミリオン・ブックス。1968年に講談社現代新書として再刊)は、弁証法を「哲学」ではなく「科学」として捉え直し、日常生活の豊富な具体例を駆使してその基本法則を解説した入門書です。

著者の三浦つとむ(1911〜1989)は、実業学校中退後、独学で社会科学の研究に取り組んだ在野の研究者です。大学の研究室に閉じこもることなく、市井の人間として弁証法を学び、考え、書いた──その姿勢が本書の文体と具体例の選び方に色濃く反映されています。

本書は全6章から構成され、弁証法の三つの基本法則──「対立物の相互浸透」「量質転化」「否定の否定」──を軸に論じています。冒頭にはエンゲルスの「弁証法を軽視すれば罰なしにはすまされない」という警句が掲げられ、弁証法を学ぶことの必要性が力強く宣言されます。

## 本書の魅力──なぜ70年読み継がれてきたか

### 圧倒的な具体性

本書の最大の魅力は、抽象的な哲学概念を徹底的に具体化する手腕にあります。

「対立物の相互浸透」を説明するのに、三浦は巡査と泥棒の挿絵を持ち出します。警官が泥棒をなわでつないでひっぱっていく場面です。(A)は泥棒が警官にひっぱっていかれるありさま──制服を見れば誰が警官かすぐわかります。ところが(B)は、制服を着た人物がじつはニセ警官で、私服の人物こそが変装した本物の警官。外見だけでは関係の本質がわからないのです。この素朴な挿絵一つで、「表面的な現象の奥にある本質的な関連を把握する」という弁証法的認識の核心が伝わってきます。

「量質転化」では、薬の量と効果の関係が持ち出されます。無効量→薬用量→中毒量→致死量。同じ物質が量の違いだけで「薬」にも「毒」にもなる。サークル活動の人数増加が組織改革を迫る例も、読者の実感に即しています。

「否定の否定」では、エドガー・アラン・ポーの「盗まれた手紙」が分析されます。人目につく場所に置かれた手紙(肯定)→盗まれた手紙(否定)→ふたたび人目につく場所に置かれた手紙(否定の否定)。しかし最初の「人目につく場所」と最後の「人目につく場所」は質的にまったく異なっている。推理小説の分析をとおして否定の否定の本質が浮かび上がってくるこの手際は、じつに見事です。

根本進「クリちゃん」の漫画や、歯車の噛み合わせの図、合わせ鏡の比喩、拡声装置の仕組みなど、本書には学者然とした権威づけが一切ありません。在野の研究者ならではの自由な発想が、弁証法を読者の日常に引き寄せています。

### 「世界の二重化」と「自分の二重化」──独自の認識論

三浦の議論のなかでとりわけ独創的なのは、第3章で展開される「世界の二重化」と「自分の二重化」の分析です。

人間は認識によって、現実の世界とは別に頭のなかに世界の像をつくりだします。これが「世界の二重化」です。さらに人間は自分自身を対象化して見ることができます──鏡に映った自分を見るように、「もう一人の自分」を眺める能力を持っています。この「自分の二重化」の能力が、言語・芸術・科学という人間の文化的活動のすべてを支えている、と三浦は論じます。

この分析は、単なる弁証法の解説を超えて、三浦独自の認識論・言語論への入口となっています。実際、三浦は後に『認識と言語の理論』や『日本語はどういう言語か』といった著作でこの問題をさらに展開しています。弁証法の入門書でありながら、著者固有の思想体系の核心に触れることができる──これも本書の魅力の一つです。

### 実践への結びつけ

三浦は弁証法を象牙の塔の理論に終わらせません。剰余価値論、生産と消費の弁証法、土台と上部構造の関係、組織内部の矛盾処理──つねに社会的実践との接点が意識されています。

とくに第6章で展開される「団結→批判→団結」の定式は、組織で活動するすべての人にとって示唆に富みます。偽りの団結のために批判を抑圧してはならない。しかし、団結を再建する意志なしに破壊的な批判を行ってもならない。批判は、より高い団結を建設するためのものでなければならない──この実践的な知恵は、政治運動に限らず、企業組織やコミュニティ運営など、あらゆる集団活動に通じるものです。

## 批判的検討──本書の限界と問題点

本書の魅力を認めたうえで、批判的に検討すべき点もいくつかあります。70年という時間の経過は、本書の一部の議論に対して厳しい審判を下しています。

### 1. 「唯物論=被支配階級、観念論=支配階級」という図式の単純さ

三浦は、唯物論と観念論の対立を階級的立場の反映として説明しています。支配階級は観念論に傾き、被支配階級は唯物論に立つ、と。学問の「党派性」を自覚せよ、とも述べています。

しかし、この図式はあまりにも単純ではないでしょうか。

歴史的事実として、観念論が支配体制の正当化に使われた例は確かにあります。しかし、観念論的な思想がつねに支配階級に奉仕するとは限りません。たとえばキリスト教神秘主義は、しばしば教会権力への批判と結びついてきました。マイスター・エックハルトは異端宣告を受けましたし、多くの神秘家が既成の権威と対立しています。仏教の空の思想も、あらゆる固定的な実体観を退ける点において、既存の秩序を絶対視する発想とはむしろ相容れません。もちろん、これらの思想が支配体制と無関係に発展したと言うのも単純化でしょう──仏陀自身は王族の出身であり、ヴェーダーンタ哲学はバラモン(祭司階級)の知的伝統のなかで展開されました。要するに、思想と階級の関係は三浦が描くほど一義的ではないのです。

さらに言えば、20世紀のソ連において唯物弁証法が国家イデオロギーとして機能し、体制の正当化に使われた歴史的事実は、「唯物論=被支配階級」という図式そのものを内側から崩しています。唯物論もまた支配の道具になりうるのです。

三浦自身が「弁証法は現実との絶えざる対決のなかで発展させなければならない」と述べています。であれば、唯物論と観念論を階級に機械的に結びつける図式こそ、現実との対決によって修正されるべきものでしょう。

### 2. 「意識のハード・プロブレム」の不在

三浦は「精神は物質の高度に組織された形態(人間の脳)の機能である」と述べています。物質が一次的であり、精神はそこから派生する、と。

しかし、この定式は現代の意識研究が突きつけている根本的な問いに十分には答えていません。哲学者デイヴィッド・チャーマーズが1995年に定式化した「意識のハード・プロブレム」──なぜ物質的過程から主観的体験が生じるのか──は、唯物論の枠内では未解決のままです。

もちろん、これは1955年の三浦に対して公平な批判とは言えないかもしれません。「ハード・プロブレム」が明確に定式化されたのは三浦の没後です。三浦自身は「精神は単なる物質的過程に還元できるものでもない」とも述べており、還元主義的唯物論とは一線を画しています。しかし、物質が「高度に組織された」ときになぜ主観的体験が生じるのかという問いに対しては、「脳の機能である」以上の説明を与えていません。本書を2020年代に読む読者にとって、この空白は避けて通れないものです。

三浦の弁証法を現代に引き継ぐのであれば、この問題と正面から向き合う必要があります。それが三浦の言う「現実との絶えざる対決」にほかならないからです。

### 3. 形式論理学への過小評価

三浦は弁証法と形式論理学を対比し、形式論理学の「あれかこれか」(entweder-oder)的思考を批判して、弁証法の「あれもこれも」(sowohl-als auch)的思考を対置しています。

しかし、この対比はやや不公平な面があります。20世紀以降の形式論理学は、三浦が批判の対象としたような素朴な二値論理にとどまっていません。多値論理(ウカシェヴィチ、1920年代)、直観主義論理(ブラウワー/ハイティング、1930年代)、様相論理(クリプキ意味論、1959年)など、1955年の時点ですでに「あれかこれか」の枠を超える試みは存在していました。

ただし、公平を期して言えば、これらの形式的な拡張が弁証法的な「矛盾」をそのまま捉えているわけではありません。形式論理学が扱う「矛盾」(P∧¬P)は命題間の論理的矛盾であり、弁証法が扱う「矛盾」──現実のなかで対立する力が相互に浸透しあい、運動を駆動する──とは性質が異なります。形式論理学の発展によって弁証法が不要になったとは言えません。しかし、形式論理学を素朴な二者択一の論理として一括りに退けることもまた、弁証法的とは言いがたいでしょう。

### 4. 自然科学への適用の危うさ

三浦は弁証法を自然科学にも適用しています。水の沸騰や酸素とオゾンの例は量質転化の説明としてわかりやすいですし、ゼノンのパラドックスの分析も興味深いものです。

しかし、弁証法の法則を自然科学に「適用する」という方向性そのものに、注意が必要です。弁証法の三法則は、具体的な自然科学的知見から独立に「世界の一般的法則」として提示されています。しかし、法則がまず先にあってそれを自然に当てはめるのであれば、それは三浦自身が批判した「形而上学」──現実との対決で証明されていない原理を学問として通用させること──と同じ構造を持ってしまいます。

実際、ソ連においてはルイセンコ事件のように、弁証法的唯物論の名のもとにメンデル遺伝学が否定され、科学の発展が大きく阻害された歴史があります。弁証法を自然科学に対する上位の「メタ科学」として位置づけることには、深刻な危険が伴うのです。

三浦が本書で示した自然科学の例は、あくまで弁証法的思考の「例証」として読むのが適切であり、弁証法が自然科学を「指導する」という関係として読むべきではないでしょう。

### 5. 時代的制約──冷戦期の知的風景

本書の初版は1955年、現代新書版は1968年に刊行されました。冷戦の真っただ中であり、日本においてマルクス主義が知的権威を持っていた時代です。この時代的文脈は、本書の議論のいくつかの側面に色濃く影を落としています。

毛沢東の著作からの引用が無批判に行われている点は、今日の読者にとっては違和感があるでしょう。第6章の冒頭には毛沢東『矛盾論』(1937年)からの引用が掲げられ、終盤では「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年の講演。初版刊行後の著作であり、1968年の現代新書版で加筆されたと思われます)の定式が肯定的に紹介されています。毛沢東の実際の政治実践──大躍進政策(1958〜1962年)や文化大革命(1966〜1976年)──が、まさに「弁証法」の名のもとにどれほどの惨禍をもたらしたかを、われわれは知っています。

もちろん、理論そのものの正しさと、その理論を掲げた人物の実践の正しさは別の問題です。「団結→批判→団結」の定式が、毛沢東の実践によって無効になるわけではありません。しかし、理論が実践のなかでいかに歪められうるかという問題に対する自覚が、本書には希薄です。三浦が「党派性の自覚」を要求したのであれば、その要求は三浦自身の時代的・政治的立場にも向けられるべきでしょう。

## それでも読む価値がある理由

以上の批判にもかかわらず、本書は2020年代の今日でも読む価値のある一冊です。その理由を三つ挙げます。

**第一に、「ものの見方」を鍛える力。** 本書の核心は、特定の政治的立場でも個別の哲学的テーゼでもなく、「ものごとを変化と関連のなかに見る」という根本的な態度にあります。固定的に見ない、孤立的に見ない、表面だけで判断しない──この態度は、政治的立場を問わず、あらゆる知的営みにおいて有効です。

**第二に、抽象的思考の訓練。** 三浦の具体例は、単に「わかりやすくする」ためだけのものではありません。具体から抽象へ、そしてふたたび具体へ──この往復運動を読者に体験させることこそが本書の教育的な核心です。具体例を読んで「なるほど」と思い、そこから法則を抽出し、その法則を自分自身の経験に適用してみる。この知的運動の訓練として、本書は今なお優れた教材です。

**第三に、自己批判の方法論。** 三浦は弁証法を既成の図式として教条的に適用することを一貫して批判しています。そして皮肉なことに、この批判精神こそが、上で述べた三浦自身の限界を乗り越えるための道具にもなります。三浦の弁証法を三浦自身に向けること──それは三浦が読者に求めた態度そのものです。弁証法を学ぶことの究極の成果は、弁証法を教えてくれた師に対しても批判的でありうること、そしてその批判をとおしてより高い理解に至ることではないでしょうか。

## おわりに

三浦つとむは本書のなかで、弁証法を学ぶことの要諦は「既成の答えに安住することではなく、現実の矛盾に正面から向き合い、自分の頭で考え続けること」にあると繰り返し強調しています。

であるならば、本書そのものに対しても、その態度で臨むべきです。本書の主張をすべて鵜呑みにするのは、三浦の教えに反します。かといって、時代的制約を理由に全否定するのも、弁証法的ではありません。

70年前の著作のなかに今なお有効な洞察を見出し、同時にその限界を見据え、そこから自分自身の思考を発展させていく──そのような読み方ができる読者にとって、本書は今もなお実り豊かな一冊です。

*書誌情報*
– 三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』講談社ミリオン・ブックス、1955年(講談社現代新書、1968年再刊)
– 電子書籍版:2012年12月、講談社
# 『弁証法はどういう科学か』三浦つとむ著──全章詳細まとめ

## はじめに

三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』(1955年、講談社ミリオン・ブックス。のち1968年に講談社現代新書として再刊)は、弁証法を「哲学」ではなく「科学」として捉え直し、日常生活や社会の具体的な事例を駆使しながら、弁証法の基本法則を解説した一冊です。著者の三浦つとむ(1911年東京生まれ、1989年逝去)は、実業学校中退後、独学で上部構造論の分野に属する社会科学の研究に一貫して取り組んだ在野の研究者であり、『日本語はどういう言語か』(講談社学術文庫)、『認識と言語の理論』『大衆組織の理論』(ともに勁草書房)、『現実・弁証法・言語』(国文社)、『弁証法・いかに学ぶべきか』(季節社)など多数の著作があります。

本書は全6章から構成され、弁証法の三つの基本法則──「対立物の相互浸透」「量質転化」「否定の否定」──を軸に、世界の見方から認識論、社会構造にいたるまで幅広く論じています。各章には多数の図版やイラスト(根本進「クリちゃん」の漫画なども含む)が配され、抽象的な概念を視覚的に理解できるよう工夫されています。冒頭にはエンゲルスの「弁証法を軽視すれば罰なしにはすまされない」という警句が掲げられ、弁証法を学ぶことの切実な必要性が示されます。

本稿では各章の内容を、原著の議論の流れと具体例をできるかぎり正確に再現しながら、詳細にまとめていきます。

## 第1章 世界のありかたをどう見るか

冒頭にエンゲルスの言葉が引用されています。「弁証法を軽視すれば罰なしにはすまされない。」

### (一) 世界は弁証法的な性格をもっている

#### 科学的な方法への要求

世界の中にはいろいろなものがあり、いろいろな出来事がおこっています。あることを知りたいと思う場合、それは世界の中のあることがらの探求ですから、あるときは実験を行い、またあるときは観察を行うことになります。ただめちゃくちゃに実験や観察をしたのでは正しい結論にたどりつけません。正しい方法にしたがって行わなければなりません。ところが方法にもいろいろあって、すべてが正しい方法だというわけにはいきません。正しい結論にたどりつくためには、正しい方法を正しくない方法の中から区別してつかみ出さなければなりません。

世界の中のあることがらを探求するのにどういう方法をとったらよいかは、世界のありかたと密接につながっていると三浦は述べます。たとえば十人の中から一人の犯人をさがし出す場合に、容疑者がばらばらにいるならば一人ずつしらみつぶしに調べるやり方でもよいけれども、十人がぎゅうぎゅうづめの人混みの中にいるならばこのやり方は通用しません。つまり対象のありかたに応じた方法でなければ役に立たないのです。世界のありかたに適した方法であってこそ、科学的な方法になります。

#### 世界のありかたと弁証法

科学的な方法の正しさは、天からふってきたものではなく、実際に科学的な研究を行い、成功や失敗の経験をくりかえす中で、科学者たちが世界のありかたを正しく反映させて、しだいにつくりあげてきたものです。科学的な方法を身につけるためには、方法の中に反映されている世界のありかたをつかまなければなりません。

三浦はここで、世界のありかたについて「あの野のはてに何がある」というテーマで考えます。目に見える世界のさまざまなものは互いにつながりあい関係しあっています。種をまけば芽が出て花が咲き、実がなります。リンゴが木からおちるのは地球がリンゴをひきつける関係によるものです。このように世界は「つながり」の中にあり、たえず「運動し変化し発展」しています。これが世界のありかたの基本的な性格であると述べられています。

このような性格を「弁証法的な性格」と呼びます。弁証法とは、もとは対話・問答の意味のギリシャ語で、論争の中から真理を明らかにする方法を指しましたが、のちにヘーゲルが世界そのもののありかたに結びつけて使い、三浦のいう「弁証法的な性格」という用語もこの流れに位置づけられます。

世界が弁証法的な性格をもっているならば、世界の中のことがらを探求するのに弁証法的な方法を使わなければなりません。この弁証法的な方法を自覚的に使うのが弁証法であり、それは世界をどうとらえるかという「世界観」であると同時に、科学の方法でもあります。

#### 抽象する能力と科学

たとえば世界がものでみちみちているという事実を考えましょう。りんごとみかんは性質の上で区別されますが、どちらも「もの」であるという点で共通しています。科学はばらばらの個々の事実を集めるだけではなく、共通するものを抽出して法則をつくりあげ、またその法則を個々の事実に適用して正しさを確かめます。個々の事実の中から共通するものをとり出す能力(抽象する能力)がなければ科学は成り立ちません。

人間の歴史においても、人間は最初からこうした抽象の能力をもっていたわけではありません。広い世界のはてに何があるかという問題について、古い宗教や神話はたとえば仏教の「須弥山」説のように素朴な考えをもっていました。科学者たちも最初は「天動説」をとなえ、やがてコペルニクスが「地動説」を主張しました。しかし地動説も最初は正しい証明がなされず、教会から弾圧されたりしました。その後、科学の発展によって正しさが証明され、広く認められるようになったのです。

#### 認識の相対性

三浦は次に、人間の認識が相対的なものであることを指摘します。「太陽が東からのぼる」というのは地球の上での見かけの姿であって、宇宙全体からみれば地球が自転しているのです。地球は平らに見えますが実際は丸い。このように私たちの五官による認識は、しばしば世界の本当のありかたとはちがっています。

認識は世界の反映であり、私たちの認識の中には正しいものもまちがったものもあります。重要なのは、世界が認識から独立してそこにある客観的なものだということです。世界の方が先にあって認識はその反映であり、認識が先にあって世界がそれにしたがうのではありません。この立場を「唯物論」といいます。

三浦はここで、「正しい」とか「まちがっている」ということの意味を問います。認識が対象に一致しているとき「正しい」のであり、一致していないとき「まちがっている」のです。しかし認識はすべて世界の反映であって、正しい認識だけでなくまちがった認識も世界の反映であることに変わりはありません。まちがった認識は、ものごとの一面だけの反映であったり、主観的な条件による歪んだ反映だったりします。この意味で、認識は相対的なものです。あることはあるとし、ないことはないとする態度が必要であると述べられています。

#### 【図の説明】自覚以前と自覚以後

原著のページ005には図が掲載されています。

**(A) 自覚以前**:左側に「対象」(弁証法性)、右側に「認識」(弁証法性)が描かれ、対象から認識へ「反映」の矢印が、認識から対象へ「応用」の矢印が向かっています。

**(B) 自覚以後**:同様に左側に「対象」(弁証法性)、右側に「認識」(弁証法性)があり、「反映」と「応用」の矢印は同じですが、認識の中に「弁証法」が点線の囲みで示されています。自覚以後は、認識の弁証法性が弁証法として自覚されていることを表しています。

### (二) 唯物論と弁証法とはどういう関係にあるか

#### 唯物論と弁証法の不可分な関係

三浦はまず、唯物論と弁証法の関係を論じます。唯物論は、精神に対して物質が根本的であるという立場です。弁証法は、世界のありかたが弁証法的であることをふまえて世界を正しくとらえる方法です。

ここで三浦は重要な問題提起をします。単純に唯物論をとなえるだけでは正しい世界把握に到達できません。なぜなら、唯物論には大きく分けて「機械的唯物論」(形而上学的唯物論)と「弁証法的唯物論」の二つがあるからです。

機械的唯物論は、物質が根本だという点では正しいけれども、世界の弁証法的な性格を正しくとらえることができません。世界のつながりや運動や変化を見ずに、ものごとをばらばらに、固定的にとらえてしまいます。このような唯物論は、本来は唯物論でありながら、弁証法的な性格をもつ精神のはたらき(意識)をうまく説明できなくなり、その結果として観念論に転落してしまう危険があります。

#### 機械的唯物論から観念論への転落

三浦は、物質と精神の関係をめぐる議論を展開します。唯物論は物質が精神を生み出すと主張しますが、機械的唯物論はこの関係を弁証法的にとらえられないために、精神を物質に解消してしまったり(俗流唯物論)、逆に精神の独自性を認めた途端に観念論に転落したりします。

物質を根本とする唯物論の立場に立ちながらも、精神のもつ独自の性格を正しくとらえるためには、弁証法的な考え方が必要です。唯物論と弁証法とは、互いに切りはなすことのできない関係にあります。

#### 【図の説明】唯物論から観念論への移行

原著のページ008には「唯物論から観念論への移行」を示す図が掲載されています。左側に「唯物論」として、大きな円の中に「物質」が大きく「精神」が小さく描かれています。中央に「拡大」の矢印があり、精神の部分が拡大されて、右側の「観念論」では「精神」が大きく「物質」が小さく描かれた円になっています。これは機械的唯物論が精神の問題を説明しきれずに、精神を拡大して考えた結果として観念論に転落してしまう過程を図示したものです。

#### 弁証法的唯物論の確立

三浦は「唯物論は弁証法と結びつかなければならない」と述べます。唯物論が弁証法を身につけてはじめて、物質と精神との関係を正しくとらえ、世界全体を矛盾なく説明することができます。逆に弁証法の側も唯物論の立場に立ってこそ、科学的な弁証法になります。ヘーゲルの弁証法は観念論的な弁証法であり、世界の弁証法的な性格を認めてはいるものの、精神が根本であるという観念論の立場に立っていたため、大きな制約がありました。マルクスやエンゲルスはヘーゲルの弁証法を唯物論の立場からつくりかえ、弁証法的唯物論を確立しました。

### (三) 弁証法は変化していく前進性にもとづく

#### 弁証法そのものの発展

三浦は、弁証法的唯物論の立場から、世界が弁証法的にうごいているということの具体的な内容を展開します。世界は互いにつながりあい、たえず運動し変化し発展しています。弁証法はこの世界の弁証法的な性格を反映したものですが、弁証法そのものもまた変化し発展していかなければなりません。

弁証法はけっして完成されたものではなく、科学の発展にともなって内容がゆたかになっていくものだとされます。弁証法は教条ではなく行動の指針であるというエンゲルスの考え方が強調されています。

#### 弁証法と社会の変革

三浦はここで、現代社会のありかたを変革したいと望んでいる多くの人びとにとっては、唯物弁証法はたいへん有益な武器となると述べます。社会の変革のためには、社会の正しい認識が必要であり、それは弁証法的な方法によってこそ可能になります。

#### 弁証法は科学であってイデオロギーではない

三浦は続けて、弁証法の概念をめぐる問題をとりあげます。「これは教室の論理ではないか、それは現実とは関係しないのではないか」という疑問に対して、三浦は「イデオロギー的な色あいをぬきにしてとりあげたい」と述べます。人間の思想には立場によるちがいがあるけれども、弁証法そのものは科学であって特定のイデオロギーではないと強調しています。

弁証法にとって大切なのは、概念を固定的にとらえるのではなく、運動し変化する現実にそくしてとらえることです。自然界においても人間の社会においても、ものごとは変化しています。地球の上の生物は単純なものから複雑なものへと進化してきました。人間の社会もまた、原始共同体から奴隷制、封建制、資本主義と変化してきました。

弁証法は世界のこのような変化・発展をとらえるものであり、一方的な見かたや固定的な考え方を排して、ものごとを多面的に運動の中でとらえなければならないと三浦は述べています。

## 第2章 弁証法はどのように発展してきたか

### (一) 古代ギリシアからヘーゲルまで

#### 原始的で素朴ながら正しい世界観

古代ギリシアの哲学者たちは、世界をありのままにながめて、世界についての全体像をとらえようとしました。ヘラクレイトスは「万物は流転する」と説き、世界の全体的な性格を正しくいいあてました。人間は日々の生活のなかでも、自分の身体が変化し、まわりの自然も変化していることを経験的に知っています。古代の人びとも、こうした経験から、世界のすべてのものが変化し運動しているということを見ぬいたのです。

しかし、このような見方は、経験的・直観的なものにとどまっていて、個々の事物について科学的にくわしく分析し究明した上でそういう結論に達したのではありません。エンゲルスはこのことについて、この見方では「全体の画像のおおよその性格を正しくとらえてはいるが、このような画像をなしているこまかい点を説明するには不十分である」と述べています。つまり、古代ギリシアの見方は全体としては正しいものの、こまかい点を明らかにするためには、個々の事物をとりだして調べていく必要があったのです。

#### ゼノンの詭弁

こうした素朴な弁証法にたいする攻撃が、エレア派のゼノンによって行われました。ゼノンは運動を否定する有名な詭弁をとなえました。

その一つは、「飛んでいる矢は静止している」という議論です。飛んでいる矢は、一つの瞬間には一つの場所を占めています。しかし一つの場所を占めているということは静止しているということです。だから飛んでいる矢はどの瞬間をとってみても静止しているのであり、したがって飛んでいる矢は静止している、というのです。

もう一つは「アキレスは亀に追いつくことができない」という議論です。アキレスが亀を追いかけて、亀のもといた場所に達したときには、亀はすでにいくらか先へ進んでいます。さらにアキレスがその場所に達したときには、亀はまたいくらか先へ進んでいます。こうして、アキレスはいつまでたっても亀に追いつくことができない、というのです。

原著にはこの二つの議論を説明する図が掲載されています。(1)は人(A)が足はばで進む様子を示す図で、B地点へ向かって a, b, c, d と進むようすが破線の弧で描かれています。(2)はアキレスと亀の図で、右側のアキレスが左側の亀を追いかけている様子が矢印で描かれています。

ゼノンのこの詭弁は、当時としてはこれに正面から反論することがむずかしかったのです。ゼノンの議論が詭弁にすぎないことは、現実の事実によって証明されています。矢は現に飛んでいるし、アキレスは現に亀に追いつけるのです。しかし、理論的にこれを反駁するためには、運動とはどういうことか、連続とは何かという問題を正しく解明しなければなりません。

#### 形而上学の支配

近代にはいると、自然科学が発展してきました。自然科学は自然を個々の部分にわけて、それぞれを分析的にくわしく研究するという方法をとりました。この方法は自然科学を大いに発展させたのですが、同時に、ものを孤立させてみる、変化しないものとしてみる、という習慣を植えつけました。この考え方が哲学にもちこまれたのが形而上学です。

形而上学は、ものを相互の連関からきりはなして孤立的に考察し、運動や変化を否定する考え方です。形而上学の見方では、自然は個々ばらばらな事物の集まりであって、たがいに関連がなく、変化もしないものだということになります。

#### ヘーゲル弁証法の功績と限界

形而上学的な見方を打破して弁証法をふたたびよみがえらせたのが、ドイツの哲学者ヘーゲルです。ヘーゲルは、世界は変化し発展するものであること、しかもその変化・発展は対立物の統一と闘争によって行われることを明らかにしました。

ヘーゲルの弁証法は、古代ギリシアの素朴な弁証法とちがって、個々の事物について科学的に研究した成果をふまえた上で、世界の全体像をえがいたものです。しかしヘーゲルは観念論者であり、彼の弁証法は観念論の立場に立っていました。ヘーゲルにとっては、世界の変化・発展は「絶対的理念」(絶対精神)の自己発展であり、自然や社会はこの理念の外的な現れにすぎませんでした。シェリングなどのように、絶対者から出発して自然を演繹するということについては、ヘーゲルも同様でした。

ヘーゲルは弁証法の体系をつくりあげたのですが、その体系のなかには、観念論のために生じた不合理なものがたくさん含まれていました。とりわけ、ヘーゲルの体系は彼の弁証法そのものと矛盾していました。弁証法からいえば、発展には終わりがないはずですが、ヘーゲルの体系は絶対精神がヘーゲル哲学において自己を認識するにいたって完成するということになっており、発展が最後には停止してしまうのです。

エンゲルスは、熱素説の力学的熱理論に対する関係、フロギストン説のラヴォアジエ説に対する関係とちょうど同じものが、ヘーゲル弁証法の合理的弁証法に対する関係である、と述べています。

### (二) ヘーゲルからマルクスへ――唯物弁証法の成立

#### ヘーゲルを越えるために

ヘーゲル弁証法の正しい部分を生かし、その観念論的な歪みをとりのぞくためには、ヘーゲル弁証法を唯物論の立場から根本的につくりかえなければなりませんでした。この仕事をなしとげたのがマルクスとエンゲルスです。

ヘーゲルから唯物弁証法への発展を可能にしたのは、ヘーゲル哲学の解体の過程と、自然科学の発展と、労働者階級の闘争の発展でした。自然科学の分野では、エネルギー転化の法則の発見、細胞の発見、ダーウィンの進化論という三大発見がなされ、自然が弁証法的に運動していることが科学的に証明されました。

#### 唯物弁証法の確立

マルクスとエンゲルスは、ヘーゲルの弁証法を「逆立ち」させて、唯物論の土台の上にすえなおしました。ヘーゲルにあっては、思考の過程(絶対的理念)が現実の世界の創造者であるとされていましたが、マルクスにおいては逆に、観念的なものは物質的なものが人間の頭脳に移しかえられ翻訳されたものにほかならないとされます。

唯物弁証法は、自然・社会・思考の全領域にわたる運動・発展の法則についての科学です。マルクスはこの弁証法を社会の研究に適用して、資本主義社会の運動法則を解明し、『資本論』をつくりあげました。エンゲルスは自然弁証法の研究にとりくみ、また弁証法の一般的な叙述を『反デューリング論』のなかで行いました。

#### 唯物弁証法の立場

唯物弁証法は、世界は物質的なものであること、物質は人間の意識とはかかわりなく存在すること、世界は認識できないものは何もないこと、を主張します。そして、自然も社会も思考もすべて弁証法的に運動し発展していることを明らかにします。

### (三) 現在はどうなっているか

#### レーニンによる発展

マルクスとエンゲルスの死後、弁証法はレーニンによってさらに発展させられました。レーニンは帝国主義の分析、ロシア革命の指導において、弁証法を創造的に適用しました。

しかし資本主義の社会においては、弁証法は支配階級にとって都合のわるいものです。資本主義社会が永遠に続くものではなく、やがて社会主義にかわることを示すからです。そのため、資本主義社会では形而上学的な考え方がさまざまな形をとって弁証法に対立しています。

#### 弁証法を学ぶにあたっての注意

弁証法を学ぶためには、いくつかの注意が必要です。

一つは、弁証法をたんなる公式として覚えるのではなく、その内容を本当に理解しなければならないということです。弁証法の法則を暗記しても、それを具体的な問題にあてはめて考えることができなければ意味がありません。

もう一つは、弁証法は体系として学ばなければならないということです。弁証法の諸法則は相互に関連しあっており、一つの法則だけをとりだして理解しようとしても、正しい理解に達することはできません。

三つめは、弁証法を学ぶためには、できるだけ多くの具体的な事実を知ることが必要だということです。科学・歴史・社会生活のさまざまな分野の知識がなければ、弁証法の法則をほんとうに理解することはできません。弁証法の学習と具体的な諸科学の学習とは、たがいに助けあうものでなければなりません。

マルクス主義の創始者たちは、弁証法を自然や社会の研究に適用し、その正しさを実証してみせました。弁証法はたんなる抽象的な法則の体系ではなく、具体的な事実の研究のなかでたえず豊かにされ発展させられていくものです。

## 第3章 「対立物の相互浸透」とはどういうことか

**冒頭の引用(マルクス):**

> 両者のおのおのが直接に他のものである、というだけでもなく、他のものを媒介するというだけでもない。むしろ両者のおのおのは、みずからを完成することにより他のものを創造し、みずからを他のものとして創造する。
> ――マルクス

### (一) つながりの中での存在――相対的な独立というのは、つながっていると同時につながっていない

三浦はまず、世界は単純な要素の寄せあつめではなく、すべてのものが互いにつながりあっている、と述べます。人間の体を例にとれば、頭・胴・手・足はバラバラに存在しているのではなく、一つの有機的な全体として内的につながっています。同時に、外的にも世界のさまざまなものとつながっています。太陽との関係なしには生きていけません。

しかし、つながっているといっても、すべてが一様につながっているのではありません。人間の体と太陽の関係は、手と胴の関係ほど密接ではなく、つながりには親密さの程度の違いがあります。この点に着目すると、ものは他のものとつながっていると同時に、つながっていないということが見えてきます。

三浦はここで「相対的な独立」という概念を導入します。体の各器官は全体とつながりながらも、それぞれ相対的に独立しています。この相対的に独立した存在をとりだして考察することが必要であり、そのとりだしたものを「もの」と呼んでいます。

三浦は続けて、もののもつ「性質」について説明します。ものはそれぞれ他のものと区別される性質をもっています。しかし、性質はものの側にだけあるのではなく、ものとものとの関係の中にあるといいます。たとえば人間の肌の色がわかるのは、光がある場合であって、暗闇では色はわかりません。性質はものに内在しつつ、他のものとの関係において発揮されるものです。

ここで三浦は、ものの性質が場合によって変わって見える問題を論じます。一メートルの棒は、五〇センチの棒とくらべると長いですが、二メートルの棒とくらべると短くなります。しかしだからといって、この棒が長いとも短いともいえないのではなく、一メートルという長さそのものは客観的に存在しています。相手との関係で「長い」「短い」が変わるのは、それが相対的な規定だからです。

#### 【挿絵の説明】泥棒と巡査の図(p.024)

三浦は、ものの性質が関係の中でどのようにあらわれるかを示すために、巡査が泥棒をつかまえてなわでつないでひっぱっていく場合を例にとります。挿絵には(A)と(B)の二つの場面が描かれています。

**(A)**は、泥棒が警官にひっぱっていかれるありさまです。帽子をかぶった人物(泥棒)が前を歩き、制服・制帽の人物(警官)が後ろからなわでつないでひっぱっています。服装を見れば、制服の人物が警官で帽子の人物が泥棒であることがわかります。

**(B)**は、ニセ警官が私服の変装した警官にひっぱっていかれるありさまです。制服・制帽の人物が前を歩き、私服の人物が後ろからなわでつないでひっぱっています。一見すると(A)とは逆に制服の人物がひっぱられているように見えますが、じつは制服を着ているのはニセ警官(犯人)であり、私服の人物こそが変装した本物の警官なのです。

つまり、外見(服装)だけでは関係の本質はわかりません。(A)では服装と役割が一致していますが、(B)では制服を着ている方がじつは犯人です。ものの性質は固定的なものではなく、関係の中で見きわめなければならない、という弁証法的認識の具体例です。

三浦は、性質と関係について形而上学的な二つの誤りを指摘します。第一は、関係を無視してものの性質だけを固定的にとらえる誤りです。第二は、逆に関係のみを重視してものの性質を否定してしまう誤りです。弁証法はこの両方の一面性を克服して、ものの性質と関係の統一としてとらえなければなりません。

###  関係――直接の関係と間接の関係

三浦は、関係には直接の関係と間接の関係があることを論じます。ものとものとの関係は、すべてが直接的なわけではなく、第三のものを媒介にした間接的な関係も存在します。

ヘーゲルは「万物はひとまとまりに創られました、と。これは、白身のなかに核もなければ、どこにもかわがない」(ハクセの詩を引用した)ことばを引用して、すべてのものの連関を強調したと三浦は紹介します。

冒頭のマルクスの引用について三浦は改めて解説します。「原因」と「結果」の関係、「親」と「子」の関係を例に、(A)の形而上学的な見方と(B)の弁証法的な見方の違いを説明します。

#### 【図の説明】原因と結果の関係(p.027)

二つの図が並んでいます。(A)では、「原因」と「親」が上の段にあり、そこから矢印が下の「結果」と「子」にそれぞれ一方向に下りています。(B)では、「原因」から下りた先が「結果(原因)」と書かれ、さらにそこから点線の円の「(結果)」へ矢印が下りています。同様に「親」から「子(親)」へ、さらに「(子)」へと矢印が続いています。

(A)は原因と結果、親と子を固定的にとらえた見方です。(B)は弁証法的な見方で、結果がまた次の原因となり、子がまた次の親となるという連鎖を示しています。マルクスのことばでいえば、「みずからを完成することにより他のものを創造し、みずからを他のものとして創造する」という関係です。

三浦は続けて、特殊的関連と普遍的関連を区別します。ものは直接にはかぎられた数のものと関係していますが、それらを媒介にして間接的にはさらに広い範囲のものと関係しています。こうして直接と間接の連鎖をたどっていけば、世界全体の普遍的な連関にたどりつきます。

#### 【図の説明】媒介的関係(p.029)

A、B、Cの三つの円が描かれた図です。AからBへ実線の矢印、BからCへ実線の矢印が引かれており、AからCへは破線の矢印が引かれています。これは、AとCが直接にはBを媒介として間接的に関係していることを示しています。

三浦は、ものの関係を調べるにあたっては、直接の関係と間接の関係を区別し、直接の関係をたいせつにしなければならないと述べます。間接の関係ばかりをもちだしてくると議論がこんがらがります。たとえば、食糧がたくさんできたからといって、そのことから直接に自分の腹がふくれるわけではありません。食糧の増産と自分の腹がふくれることとのあいだには、分配という媒介があるのです。

###  質と量、対立する性質

三浦は、ものの「性質」をさらに分析し、「質」と「量」の区別を説明します。ものの質というのは、そのものを他のものから区別する規定であり、量というのは、同種のものの間の規定です。たとえば「鉄」と「銅」の違いは質の違いであり、鉄が「一キロ」か「二キロ」かは量の違いです。

弁証法では質と量を切りはなさず統一的にとらえます。すべてのものは質をもつと同時に量をもっています。

次に三浦は、ものの性質には対立する性質があることを指摘します。ものは他のものとの関係において、それを「ひきよせる」とか「しりぞける」といった対立した性質を同時にもちます。磁石にはN極とS極があり、プラスとマイナスという対立する性質が一つのものの中に統一されています。

#### 【歯車の図の説明】(p.031)

A、B、Cと名づけられた三つの歯車がかみあっている図です。Aは左下に、Bは中央に、Cは右上に位置しています。Cの歯車には反時計回りの矢印が描かれています。三浦は歯車の例で媒介的な関係を説明します。AとCの歯車は直接にはかみあっていませんが、Bの歯車を媒介にして間接的につながっています。Aを回せばBが回り、Bが回ればCが回ります。

###  対立する性質の統一

三浦は、ものの中にある対立する性質の統一について論じます。ここでの「対立」とは、たんに異なっているというだけではなく、互いに排除しあい否定しあう関係にあるものをいいます。

人間の社会的な関係の例として、AとBという二人の人間を取り上げます。AはBに対しては「他人」であり、自分自身に対しては「自分」です。同様にBはAに対しては「他人」であり、自分自身に対しては「自分」です。つまり、一人の人間が「自分」であると同時に「他人」でもあるという、対立する性質を統一して持っています。

#### 【図の説明】自分と他人(p.033)

AとBという二人の人間の横顔が向き合って描かれています。それぞれの下に「自分」と書かれています。AからBへ「他人」と書かれた矢印、BからAへ「他人」と書かれた矢印が描かれています。

三浦はさらに、対立する性質の統一を資本主義経済の例で説明します。労働者が生産した価値のうち、一部は「とりあげられる部分」であり、一部は「手もとにのこる部分」です。

#### 【図の説明】剰余価値の分配(p.035)

「利子はどのように媒介されるか――剰余価値の分配」という題がついた図です。左から(労働者)(産業資本家)(金融資本家)(預金者)と並んでおり、労働者が生産した価値が、産業資本家を経て金融資本家、預金者へと分配される流れが矢印で示されています。図の中には「とりあげられる部分」と「手もとにのこる部分」、そして「自分のつくりだした価値の割もどし」という記述があります。

図の下には、産業資本家の手もとにのこる部分が、不景気のために商品のままであったり、重税で政府にとりあげられたりして、現金勘定では赤字になったとしても、それは彼が剰余価値をいったん自分の手もとに吸いあげたことを否定するものではない、と説明されています。搾取することと、彼の財産がふえることとは必ずしも一致しない、と述べられています。

### (二) 壁をなくせば部屋もなくなる――対立物の対立は区別され統一されている

三浦はここで、対立とは何かをさらに掘り下げます。まず、対立するものは互いに区別されていると同時に統一されている、ということを強調します。

具体例として「壁」と「部屋」の関係が挙げられます。壁は部屋を仕切るものであり、壁をなくせば部屋もなくなります。対立するものは互いに他を必要としあっており、一方を消してしまうと他方も存在できなくなるのです。

三浦は「論理学」の用語として、「あれかこれか」という形式論理学の考え方と、弁証法の考え方を対比します。形式論理学では、あるものはAであるかAでないかのどちらかであって、AであってAでないということは許されません。しかし弁証法では、対立するものが同時に一つのものの中に存在することを認めます。

三浦は、対立物の統一が理解されないために起こる誤りの例を挙げます。形式的な考え方だけでは、変化し発展する現実の世界を正しくとらえることはできません。弁証法は、対立物が互いに前提しあい、互いに浸透しあう関係としてとらえるのです。

### (三) 「論理学」のお出まし――その一、絶対的真理と相対的真理および真理と誤謬との関係

三浦は、弁証法の立場から形式論理学の問題点を具体的に検討していきます。ここでは、絶対的真理と相対的真理の関係、および真理と誤謬の関係がテーマです。

まず、認識というものは一度にすべてが完成するのではなく、段階を追って深まっていくものです。ある時代に正しいとされた認識が、次の時代にはより深い認識によって修正されることがあります。しかし、だからといって以前の認識がまったくの誤りだったのではなく、そこには部分的な真理が含まれています。

三浦は、真理には「絶対的真理」と「相対的真理」があると説明します。絶対的真理とは完全な真理であり、相対的真理とはある条件のもとで、ある範囲で正しい真理です。われわれの認識は相対的真理の積み重ねによって絶対的真理に近づいていきます。相対的真理の中には絶対的真理の一部分が含まれており、絶対的真理は無数の相対的真理の総和として成り立っています。

ここで三浦は、形式論理学的な「あれかこれか」の考え方を批判します。形式論理学では、ある命題は真か偽かのどちらかであり、真であると同時に偽であることは許されません。しかし弁証法的に見れば、ある認識は真理であると同時に誤謬を含んでおり、誤謬の中にも真理の要素が含まれているのです。真理と誤謬は対立しながらも、互いに浸透しあっています。

三浦は、このことを理解しないと、「過去の認識はすべて正しかった」という独断論か、「いかなる認識も真理ではありえない」という懐疑論のどちらかに陥ってしまうと警告します。レーニンのことばを引いて、「具体的な真理はない、真理はつねに具体的である」という弁証法的な真理観を示します。

形式論理学では「人間は死ぬものである」「ソクラテスは人間である」「ゆえにソクラテスは死ぬものである」という三段論法が代表的ですが、このような推論は既知のことから既知のことを引き出しているにすぎず、新しい認識の発展をとらえることはできません。弁証法はこの限界を超えて、認識の発展の過程そのものを法則的にとらえようとするのです。

三浦はまた、真理と誤謬の問題に関連して、人間の認識には限界があるが、その限界は歴史的に変化し拡大していくという点を強調します。ある時代には不可能だった認識が、科学の発展によって可能になります。認識は絶えず誤りを克服しながら前進していくのであり、この過程こそが弁証法的な認識の発展です。

### (四) 「論理学」のお出まし――その二、精神的な姿と物質的な姿

三浦は、認識を弁証法的にとらえることの重要性を、精神的な姿と物質的な姿という観点からさらに掘り下げます。

認識は精神的な活動ですが、同時にそれは物質的な基盤の上に成り立っています。マルクスの政治的な変革と思想的な変革の関係を例にとって、精神的なものと物質的なものとの対立と統一を論じます。

三浦は、認識は社会的な産物であり、個人の認識は社会全体の認識水準に規定されているとします。認識は社会の中で発展し、個人の頭脳の中だけで完結するものではありません。こうした点から、社会科学の方法論や自然科学の発展のあり方に言及しています。

ここで三浦は、庄司和晃氏の三段階連関図式を紹介します。

#### 【図の説明】庄司和晃氏の三段階連関図式(p.042)

図には(第1段階)C、(第2段階)B、(第3段階)Aの三つの段階が示されています。それぞれの下には以下の特徴が書かれています。

– 第1段階C:感覚的、素朴的、個別的、経験的、ヌエ以前
– 第2段階B:表象的、過渡的、特殊的、コトワザ論理的、ヌエ・アイノコ・人魚的
– 第3段階A:概念的、本格的、普遍的、弁証法的、明瞭

さらに、「たとえば……であり、端的に申せば……」という場合は、BからAへおりてのばしていることになる、という説明と、その関係を示す図が描かれています。BからAへ実線の矢印、AからBへ破線の矢印が描かれています。

###  認識の面と実践の面

三浦は、認識と実践の関係について論じます。認識を深めるためには、実践が不可欠です。日本語では「わかる」という言葉と「内容がある」という言葉に見られるように、認識することとそれを実践的に使うことは密接につながっています。

三浦は、認識には段階があり、感覚的な認識から理論的な認識へ、さらに実践を通じて認識が深まっていくという過程を描きます。認識は単に頭の中の作業ではなく、実践との統一において初めて真の認識となるのです。

ここで三浦は、合わせ鏡の比喩を用います。

#### 【図の説明】合わせ鏡の図(p.044)

鏡台が上部にあり、下部に手に持つ鏡があります。その間に人物(丸い顔の人物)が描かれており、鏡台と手鏡の間で光が反射しあう様子が破線の矢印で示されています。「合せ鏡」と題されています。

合わせ鏡では、鏡と鏡のあいだで像が何度も反射しあって無限に映ります。これと同様に、認識においても、世界の認識と自分自身の認識とが互いに映しあい、認識が深まっていくということを三浦は説明しています。

###  認識と実践の統一

三浦は、認識と実践を切り離すことなく、統一的にとらえなければならないと述べます。認識は実践に導かれ、実践は認識に支えられます。この二つの面の対立と統一が、人間の活動の本質的な特徴です。

### (五) 「論理学」のお出まし――その三、世界の二重化と自分の二重化

三浦は、認識の弁証法をさらに展開し、「世界の二重化」と「自分の二重化」について論じます。認識は世界の像を頭の中につくりだすことであり、それによって世界が現実の世界と頭の中の世界に二重化されます。同様に、自分自身についても、現実の自分と認識された自分という二重化が起こります。

人間は動物と異なり、眼の前にあるものを見たり聞いたりするだけでなく、過去のできごとを思い出したり、遠くのかなたに住む人のことを考えたりします。目の前にないものを頭の中に思いうかべることができるのです。

人間は感覚器官をとおして外界のさまざまなものごとを認識し、それを頭の中に像としてもっています。たとえば、ある人の顔を見れば、その顔の像が頭の中にのこります。そして、その人が目の前からいなくなっても、頭の中にのこった像を思いうかべることができます。こんなことは動物にはできません。動物はせいぜい条件反射によって、以前の経験がからだにのこっているだけです。

ところが人間の場合には、感覚的にとらえたものを言語をつかって「二重化」することができます。つまり、現実の世界とは別に、認識の世界をつくりだすのです。三浦はこの「二重化」を重要な概念として展開しています。

科学とは、この二重化を正しくおこなうことです。現実の世界にある事物やそのあいだの関係を、認識の世界に正しくうつしとることです。これに対して、まちがった二重化もありえます。現実の世界にないものを頭の中でつくりあげてしまうことがそれです。

#### 【挿絵の説明】根本進「クリちゃん」の漫画

原著には、根本進「クリちゃん」より(朝日新聞)のマンガが挿絵として掲載されています。この絵では、少年が水をまいている場面で、頭の中に吹き出しとしてひまわりの花が大きく咲いているようすが描かれています。これは、まだ芽が出たばかりの植物を見て、将来花が咲くであろうすがたを頭の中に思いうかべている場面です。

続いて、もうひとつの図((A)と(B)で構成されたもの)が示されています。(A)は少年が苗に水をまきながら「花が咲く」「だろう」と考えている場面です。(B)は「花が咲く」「だろ」「う」という言語表現を四角い枠の中に示したもので、認識の内容が言語によって表現されるしくみを示しています。現実にはまだ花は咲いていませんが、認識の世界では「花が咲くだろう」と二重化されているのです。

#### 認識は正しくもまちがってもいる

二重化にはふたつの面があります。ひとつは、現実の世界を正しくうつしとる面であり、もうひとつは、現実にはないものをつくりだしてしまう面です。

人間が対象を認識するとき、それは現実の世界の反映です。しかし、人間の認識が反映であるということは、写真のように機械的にうつしとるということではありません。人間は対象を能動的にとらえかえし、頭の中で加工するのです。だからこそ、正しい認識もあればまちがった認識もあるのです。

たとえば、未来のことを考える場合、それは現実にはまだ存在しないものです。しかし、現在の事物の発展の方向を正しくとらえて、将来こうなるであろうと推定することは、正しい二重化です。これに対して、ありもしないことを空想してしまうのは、まちがった二重化です。

#### 自分自身の二重化

三浦はさらに、人間が自分自身を二重化するという問題をとりあげています。人間は自分自身を認識の対象にすることができます。つまり、自分で自分を見ることができるのです。

鏡をつかえば自分の姿を見ることができます。原著には「鏡による自分の二重化――(A)から(A’)の分裂」という図が掲載されています。この図では、右側に現実の自分(A)が立っており、その前に鏡があり、鏡の中に自分の像が映っています。そして上方の雲形の吹き出し(想像の領域)の中に、もうひとりの自分(A’)がいます。つまり、現実の自分(A)が鏡をとおして自分の像を見ることで、頭の中に自分自身の像(A’)をつくりだす、すなわち自分を二重化するのです。

認識においては、世界の中の一部分である自分が世界全体を認識の対象とします。ここには部分が全体を映すという矛盾があり、この矛盾こそが認識の原動力です。三浦はここでも、認識の限界と可能性について論じ、言語の役割の重要性を強調しています。言語は認識の道具であると同時に、認識そのものを社会化する手段です。認識が言語によって固定され伝達されることで、個人の認識が社会的なものとなり、歴史的に蓄積されていくのです。

### (六) 表現における人間の二重化

#### 表現とはどういうことか

この節では、認識を表現するということがどういうことかが論じられています。

人間は認識した内容を、言語やその他の手段をつかって表現します。表現とは、認識の内容を対象化する(外にとりだす)ことです。頭の中にある認識を、言語や文字や絵や音楽などのかたちにして外に出すのです。

表現は単純なことのようですが、じつはそこにも二重化の問題があります。人間が何かを表現するとき、そこには現実の世界と認識の世界、さらに表現の世界という三つの次元がかかわってきます。

#### 言語における二重化

言語は認識を表現するもっとも基本的な手段です。言語は、頭の中にある認識の内容を音声や文字のかたちで対象化したものです。

ここで三浦は、言語における肯定と否定の問題をとりあげています。原著には、ふたつの図が並べて描かれています。認識の内容を言語で表現するとき、肯定の場合は認識の内容がそのまま表現されるが、否定の場合は認識の内容がそのまま表現されるのではなく、一種の「ぬけだし」があることを示しています。

三浦は、人間の認識が現実のものを反映するだけでなく、その反映をまた反映するという、いわば「合わせ鏡」のような構造をもっていることを指摘しています。認識はたんに外界を映すだけでなく、自分の認識そのものを対象にしてさらに認識するということができるのです。これが言語表現の重層的な構造を生みだします。

### (七) 人間とは何か――人間と人間との相互反映

#### 人間は生産する存在である

人間とは何かという問いに対して、三浦はまず人間が生産する存在であることを確認します。人間は自然にはたらきかけて生活資料を生産し、それを消費して生きています。これが人間の生活の基本的なすがたです。

しかし、人間の生活は物の生産だけではありません。人間は同時に人間そのものを生産しています。つまり、子どもをつくり育てるのです。エンゲルスが指摘したように、人間の生活の生産には、ひとつは生活資料の生産であり、もうひとつは人間そのものの生産という、ふたつの面があるのです。

#### 【図の説明】生活の生産(p.059)

原著には「生活の生産(物の生産と人間の生産との統一)」という題のついた図が掲載されています。この図は循環的な構造を示しています。右上に「労働者」の人物像があり、そこから左側へ「いわゆる生産(媒介)」の矢印が出て「生活資料」「原料」を経て「生活資料の生産」につながります。下方には「いわゆる消費(媒介)」の矢印があります。右下には「消費的生産(直接的同一)」として「自分の再生産」「子どもをつくる」「子どもを育てる」が示されています。上方には「生産的消費(直接的同一)」が示されています。全体として、物の生産と人間の生産が統一されたひとつの循環をなしていることを表した図です。

#### 人間の対象化と自然の人間化

人間は労働をとおして自然にはたらきかけ、自然を変革し、自分の目的にかなったものにつくりかえていきます。これが「人間の対象化」です。人間の力や技術が生産物のなかに対象化されるのです。

同時に、人間は自然にはたらきかけることで自分自身を変えていきます。労働をとおして人間の能力が発達し、人間そのものが豊かになっていくのです。自然の側からいえば、自然が人間のなかにはいりこんでいく、すなわち「自然の人間化」がおこるのです。

三浦は、この「人間の対象化」と「自然の人間化」とが対立物の相互浸透の関係にあることを指摘しています。人間が自然にはたらきかけて生産物をつくる(対象化する)ということは、同時に自然が人間化されるということであり、この二つは分離できない統一体をなしているのです。

#### 【図の説明】活動の交換

原著には「活動の交換――目には見えないが、人間の活動が自然をとおして他の人間にうつされていく」という図が掲載されています。左側に「人間」の人物像、中央に斜線の入った四角形で「生活資料の生産」と「生活資料の消費」が上下に示され、右側に「他の人間」の人物像があります。人間の活動が生活資料の生産をとおして自然に対象化され、それを他の人間が消費することで、人間の活動が自然をとおして他の人間にうつされていくことを示しています。

#### 商品と搾取の構造

ここで三浦は、商品についても論じています。商品は使用価値と価値の統一です。自然に人間の労働が対象化されて「商品」が生まれます。商品は、見かけは単なる物ですが、そのなかには人間の労働がこめられています。人間と人間の関係が、物と物の関係として現れるのです。

資本主義社会では、労働者は自分の労働力を資本家に売って賃金を得、その賃金で生活資料を買って消費します。労働者が生産した生産物のなかには、労働者の受け取る賃金よりも多くの価値がふくまれています。この差額が剰余価値であり、資本家はこれを取得します。

#### 【図の説明】剰余価値の成立

原著には「剰余価値の成立」という図が掲載されています。右上に労働者の人物像があり、「労働力の価値」と「これに相当するものをうけとる」の矢印で結ばれています。右側には「生活資料の価値」が示され、「使用あるいは消費」の矢印が出ています。左下には「生きた労働」の矢印が出て、左側に斜線の入った大きな四角形「対象化された労働(生産された価値)」につながります。その四角形の下部が「〔剰余価値〕」として示されています。全体として、労働者が受け取る労働力の価値よりも、労働者が生産する価値のほうが大きく、その差が剰余価値として資本家のものになることが図示されています。

### (八) 社会のみかたと認識論との相互反映

#### 人間社会をどうみるか

この節では、社会のみかたと認識論との関係がとりあげられています。

三浦は、人間社会の構造を弁証法的にとらえることの重要性を論じています。社会は、生産力と生産関係の矛盾を基本的な原動力として発展していきます。物質的な生産が社会の土台であり、その上に政治的・法律的な上部構造がたちあがり、さらにそれに対応した社会的意識の諸形態が存在します。

三浦は、唯物論的な社会観と観念論的な社会観との対立を明らかにしています。唯物論的な社会観は、社会の土台である物質的生産から出発して社会を理解します。これに対して観念論的な社会観は、人間の意識や理念から出発して社会を説明しようとします。

#### 主体と客体との関係

三浦は、認識における主体と客体の関係を論じています。認識とは、主体(認識する人間)が客体(認識される対象)を反映することです。しかし、この反映は機械的なものではなく、主体の側の能動的なはたらきかけをともなっています。

わたしたちの認識は、感覚的な認識から出発して、理性的な認識へと発展していきます。感覚は直接的に対象をとらえますが、理性は対象の本質をつかみとります。感覚から理性への発展、そしてまた理性にもとづいて感覚的な認識をふかめるという循環が、認識の弁証法的な発展過程なのです。

#### 【図の説明】生産物の上での人間相互の結びつき

原著には「生産物の上での人間相互の結びつき」という図が掲載されています。左側に「日本で」の人物像があり、右側に「インドで」の人物像があります。それぞれの人物像の上に「対象化」の矢印が出て、斜線の入った四角形(生産物)につながっています。ふたつの生産物のあいだには「(交通)」と書かれた矢印が双方向に走っています。これは、生産物の交換をとおして、異なる場所にいる人間同士が結びつけられることを示した図です。

#### 権利と義務の関係

三浦は、権利と義務の関係を対立物の相互浸透としてとらえています。

売り手は商品を引き渡す義務を負うと同時に、代金を受け取る権利をもちます。買い手は代金を支払う義務を負うと同時に、商品を受け取る権利をもちます。このように、権利と義務は対立物でありながら、ひとつの関係のなかに統一されています。売り手にとっての権利は買い手にとっての義務であり、売り手にとっての義務は買い手にとっての権利です。対立物が相互に浸透しあっているのです。

#### 【図の説明】共通した意志の対象化(契約)

原著には「共通した意志の対象化(契約)」という図が掲載されています。左側に「売り手」、右側に「買い手」の人物像があります。両者の頭の上に雲形の吹き出しがあり、そのあいだに「対象化」の矢印が双方向に走っています。吹き出しの中央には斜線の入った四角形があり、そこから「制約」の矢印がそれぞれの人物に向かっています。これは、売り手と買い手が共通の意志を対象化して契約をむすび、その契約が両者を制約するという関係を図示したものです。

#### 「物神的な権力」と「精神的な権力」

三浦は資本主義社会における権力の問題を論じています。資本主義社会では、物が人間を支配するという「物神的な権力」が存在します。貨幣や資本が人間を支配するのです。これは、人間の労働が対象化されたものが、逆に人間を支配するという転倒した関係です。

同時に、「精神的な権力」という問題もあります。国家権力や法律、あるいは宗教やイデオロギーが人間の行動を規制し支配するのです。

#### 【図の説明】宗教における観念的な対象化

原著には「宗教における観念的な対象化」という図が掲載されています。左下に「信者」の人物像があり、右上に仏像があります。信者の頭の上に雲形の吹き出しがあり、そこから仏像へ「対象化」の矢印が出ています。同時に仏像から信者へ「制約」の矢印が戻っています。これは、人間が自分の観念を対象化して神仏をつくりだし、つくりだした神仏に逆に支配される(制約される)という関係を図示したものです。宗教では、人間がつくりだした観念的な存在が、人間を支配するという転倒がおこっているのです。

###  第3章の締めくくり

三浦は第3章の締めくくりとして、対立物の相互浸透という法則のもつ広大な射程を確認しています。

対立物の相互浸透は、自然の世界にも人間社会にも認識の世界にもあらわれる弁証法の根本法則です。この法則を理解することは、ものごとを固定的にではなく、運動と変化のなかでとらえるために不可欠です。

三浦は、弁証法の理解を深めるためには、抽象的な法則を暗記するのではなく、具体的な事実のなかで法則がどのようにあらわれているかを自分の頭で考えることが大切だと述べています。弁証法は、現実の世界を正しく認識するための方法論であり、世界を変革するための武器なのです。

弁証法の三つの法則――対立物の統一と闘争、量から質への転化、否定の否定――は、たがいに関連しあっています。第3章ではとくに「対立物の相互浸透」の法則が、さまざまな具体例をとおして詳しく検討されました。この法則は、ものごとのなかに矛盾する対立面を発見し、その対立面がたがいに浸透しあい、たがいに転化しあっていることをとらえる法則です。

三浦は最後に、この法則をただ知識として知るだけでなく、日常の生活や実践のなかで使いこなすことが大切であると強調しています。弁証法は生きた方法論であり、実践のなかでこそその真価を発揮するものなのです。

## 第4章 「量質転化」とはどういうことか

> 自然においては質的変化はただ物質または運動の(いわゆるエネルギーの)量的増加か量的減少によってのみおこりうる。
> ――エンゲルス

### (一) 量についての正しい見かたと誤った見かた

量とは何でしょうか。一般の人びとは、量というと一つの面からだけ考えています。たとえば「五〇グラム」というように、「どれだけあるか」を数字であらわしたものが量だと考えています。ところが弁証法では、量はそのように一面的にとらえられるものではなく、質との関連においてとらえなければなりません。

ある一つのものの量は、その質と結びついています。たとえば、薬は一定の質をもっていますが、その薬をどれだけのむかという量によって、からだに対する作用がちがってきます。薬の量がごく少ないと、からだには何の変化もおこりません。これを「無効量」といいます。量がふえて一定の範囲にはいると、病気をなおす作用をもちます。これを「薬用量」といいます。さらに量がふえると、からだに害をおよぼす「中毒量」になります。もっと量がふえると、生命をうばう「致死量」になります。

このように、薬という同じものが、その量の変化によって、からだに対する作用が質的にちがってくるのです。量的な変化がつもりつもって質的な変化をひきおこす、これが「量から質への転化」です。

#### 【図の説明】薬の量と作用(p.078)

原著には図が挿入されています。左側に人体の輪郭が描かれ、右側に薬瓶が描かれています。人体と薬瓶の間に、下から順に「無効量」「薬用量」「中毒量」「致死量」の四段階が横線で区切られ、それぞれ両端矢印の括弧で示されています。薬瓶のなかには横縞模様で液体の量が描かれています。

また逆に、質的な変化は新しい量をうみだします。病気がなおるという質的な変化がおこれば、薬をのむ必要はなくなり、薬の量はゼロになります。質的な変化が新しい量的関係をうみだす、これが「質から量への転化」です。

量質転化には、このように「量から質への転化」と「質から量への転化」という二つの側面があります。

### (二) 「量質転化」の二つの法則

量質転化の法則はどのようにとらえるべきでしょうか。三浦は、量質転化には二つの法則があると述べています。

第一の法則は、量的な変化がつもりつもって質的な変化をひきおこすという法則です。これはさきほどの薬の例で見たとおりです。

ここで三浦は、この法則がしばしば誤って理解されていることを指摘します。量的変化が質的変化をひきおこすといっても、量的変化が直線的にすすんでいって、ある点で突然に質的変化がおこるのではありません。量的変化の過程は、同時に質的変化の準備の過程でもあるのです。

第二の法則は、質的な変化が新しい量をうみだすという法則です。質がかわれば、その質にふさわしい量が新しくあらわれてきます。

三浦はここで、この二つの法則の関連を説明しています。第一の法則と第二の法則は、べつべつのものではなく、一つの過程の二つの側面です。量から質への転化がおこれば、その新しい質は新しい量的関係をうみだし、その新しい量的関係がまたつもりつもって新しい質的変化をひきおこす――こうして、量と質の転化はくりかえしおこなわれていくのです。

### (三) 度について

三浦は「度」という概念を説明しています。ある質が存在しうる量的な範囲のことを「度」といいます。さきほどの薬の例でいえば、薬用量の範囲が「度」です。量的な変化がこの度をこえると、質的な変化がおこります。

水の温度の例をあげています。水は摂氏零度から一〇〇度のあいだでは液体という質をもっています。この零度から一〇〇度までが水の「度」です。温度が零度以下になると氷になり、一〇〇度をこえると蒸気になります。つまり度をこえたところで量から質への転化がおこるのです。

また、数の例もあげています。一、二、三という数は一つずつふえていく量的変化ですが、一〇になると「けた」がかわります。一〇〇になるとまたけたがかわります。このけたの変化は質的変化です。

### (四) 構成部分の配列による量質転化

三浦は、量質転化のもう一つの形として「あれかこれか」による量質転化を説明しています。これまで見てきたのは、量がしだいにふえていって質的な変化をひきおこすという場合でした。ところが、量がふえるのではなく、構成部分の配列や組みあわせがかわることによって質的な変化がおこる場合があります。

マニュファクチュアの例をあげています。手工業者がばらばらに仕事をしていた段階から、一つの仕事場に集められて分業と協業によるマニュファクチュアになる段階への移行は、労働者の数という量的変化にともなう質的変化です。

### (五) サークルでの量質転化

サークルの例が述べられています。少人数のサークルでは、全員が自由に討論でき、民主的に運営されます。ところがメンバーの数がふえてくると、全員で自由に討論することがむずかしくなり、組織のあり方を変えなければならなくなります。班にわけたり、役員会をつくったりする必要がでてきます。これは量的変化(メンバーの増加)が質的変化(組織のあり方の変化)をひきおこした例です。

逆に、サークルの組織のあり方がかわれば、新しい活動が可能になり、活動の量もかわってきます。これは質から量への転化です。

### (六) 過渡期のありかた

三浦は、量から質への転化がおこるとき、一挙に転化がおこるのではなく、過渡的な段階があることを指摘しています。古い質から新しい質への移行は、一定の期間をかけておこなわれるのであり、その過渡期には古い質と新しい質がいりまじった状態が存在します。

経済のしくみの変化の例をあげています。封建的な経済から資本主義的な経済への移行は、一挙におこったのではなく、長い過渡期をへておこなわれました。

最後に三浦は、量質転化の法則を正しく理解するためには、形而上学的な見かたをすてて、弁証法的な見かたをしなければならないことを強調しています。量と質を切りはなして考えるのではなく、その関連においてとらえることが大切なのです。

## 第5章 「否定の否定」とはどういうことか

**冒頭のエンゲルスの引用:**

> それは自然、歴史、および思惟の、きわめて一般的な、またまさにそのゆえにきわめてひろく作用しているところの、重要な発展法則である。そしてデューリング氏でさえも、どんなにさからってもがいても、しらずしらずに彼なりの流儀でこの法則には従わなければならないものである。
> ――エンゲルス

### (一) まわりみちということの重要性

#### エンゲルスの大麦の例

三浦は、エンゲルスが「否定の否定」を自然・歴史・思惟にひろく作用している重要な発展法則と呼んだことを紹介するところから始めます。エンゲルスは『反デューリング論』のなかで、大麦の粒を例にとって説明しています。大麦の粒が適当な条件のもとにおかれると発芽し、もとの粒は消滅して植物が生じます。これが否定です。その植物は成長し花を咲かせ実を結び、穀粒を生じると枯れて、否定の否定がおこなわれます。そしてそのとき最初の一粒ではなく、十倍、二十倍、三十倍の粒を手にするという結果になります。

三浦はこの大麦の例をもとに、まず「否定」とは何かを考えます。大麦の粒が消滅して植物に変化するということは、粒が否定されたということです。しかし否定といっても、これは粒がまったく消えてなくなったわけではなく、粒から植物へと変化発展したのであり、このような否定こそが弁証法的な否定です。これは形式論理学でいう否定――Aか非Aかという否定――とは違って、「ものの発展の契機としての否定」です。

三浦はさらに、否定を二回くりかえすと元に返ってくるということ、しかもたんに元にもどるのではなく、より高い段階に発展して元にかえるということ、これが「否定の否定」だと述べます。大麦の粒→植物→多数の粒というのは、粒から出発して粒に帰ってくるが、一粒が十倍二十倍三十倍になるという発展をともなっているわけです。

#### まわりみちの構造

三浦は、読者がこの説明だけでは「否定の否定」をまだ十分に理解できないだろうとして、もう少しわかりやすい例をとりあげます。まず、われわれは日常の仕事においても、目的地にまっすぐに行けず、まわりみちをしなければならないことがあります。北へ行くのに、まっすぐ北へ行けないときは、いったん東へ出てから北上し、また西にもどるということがあります。このようなまわりみちは、大変やっかいだと思われがちですが、実はこのまわりみちのなかに「否定の否定」の重要な構造がひそんでいるのです。

ここで三浦は、マイクで声を拡大するしくみを例として説明します。人間が大きな声を出すには限界がありますが、拡声装置を使えば、声は電気信号に変換され(否定)、増幅されたのちに再びスピーカーで音声に変換される(否定の否定)。すなわち、音声→電気→音声、というまわりみちによって、もとの声よりもはるかに大きな声がえられるのです。

#### 【図の説明】拡声装置の図(p.085)

原著には拡声装置のしくみを示す図が掲載されています。図の上部には左から右へ三つの段階が矢印でつながれています。左側に「機械的」と示された段階があり、マイクの絵が描かれ、マイクに向かって音波(波線)が届く様子が示されています。中央に「電気的」と示された段階があり、「拡声装置」と書かれた四角い箱が描かれ、マイクから拡声装置へ線がつながっています。右側にふたたび「機械的」と示された段階があり、スピーカーの絵が描かれ、スピーカーから音波(波線)が出て耳に届く様子が示されています。全体として、機械的→電気的→機械的、というまわりみちの構造が図示されています。

#### 【図の説明】録音と再生の図(p.087)

原著には「1880年ごろの録音と再生(機械的)」と「現在(電磁気的)」の二つの図が上下に並んで掲載されています。上の図(1880年ごろ)では、左側に振動板と蝋管が描かれ、ラッパ状の集音器から音波が入り、振動板が蝋管に溝を刻む様子が示されています。右側には同じく蝋管・振動板・ラッパが描かれ、蝋管の溝から振動板を通じてラッパから音波が再生される様子が示されています。下の図(現在)では、左側にマイクがあり、その信号が「増幅装置」を通り、「録音ヘッド」によって「テープ」に記録されます。右側では「テープ」から「再生ヘッド」が信号を読み取り、「増幅装置」を通ってスピーカーから音波が出る様子が示されています。

三浦は、1880年ごろのエジソンの蓄音機では音を機械的に蝋管に刻みつけ、機械的に再生していたのに対して、現在のテープレコーダーでは音を電磁気的な信号に変換してテープに記録し、再生時にはふたたび音にもどすという、音→電気信号→音というまわりみちをしていると説明します。ここでも否定の否定の構造が見られます。

三浦はこれらの例をもとに、もとの形態から別の形態に変わること(否定)、そしてふたたびもとの形態に帰ること(否定の否定)、このまわりみちによってはじめて可能になる発展がある、と述べます。そして「否定の否定」の重要なポイントは、まわりみちをすることで直接にはできなかったことが可能になるという点にあるのだと強調します。

### (二) 人間はまわりみちによって自然を支配している

三浦は、「否定の否定」のまわりみちの構造が、人間と自然の関係全体に見られるものだと論じます。

まず、自然のなかの法則性のあらわれかたには二つの側面があると述べます。一つは、自然は全体としては法則的に動いているということです。もう一つは、個々の場合をとりあげてみると、そこにはかならず偶然が入りこんでいるということです。小麦の粒が落ちて芽を出す場合でも、自然のままでは踏みつぶされたり鳥に食べられたりして、うまく成長できないことが多いのです。

三浦はここで、人間が自然を支配するということは、自然のありのままの姿に手を加えること、すなわち自然を否定することだと述べます。人間は土地を耕し、種を蒔き、肥料をやり、雑草をとるという人為的な手段を加えて、自然のままでは偶然に左右されてうまくいかないものを、確実に成長させるのです。これは自然→人為→自然(より高い段階の自然)、というまわりみちであり、否定の否定の構造をもっています。

三浦はまた、人間の認識のまわりみちについても述べます。人間は自然を直接にいっぺんに認識するのではなく、観察し、実験し、抽象し、推理するという認識過程をへて自然の法則をつかみます。そしてその法則をもとにして実践で自然に働きかけるのです。自然→認識→実践→自然、というまわりみちです。

さらに、道具を使うということも否定の否定のまわりみちであると述べます。人間は素手で自然に働きかけるかわりに、道具をつくり、その道具を使って自然に働きかけます。人間→道具→自然、これもまわりみちです。このまわりみちによって、素手ではできないことが可能になります。

三浦は、観念論者はまっすぐに真理にとどきうると考え、まわりみちの意義を理解しないと批判します。唯物論の立場にたって、認識が実践をとおしてしか真理に到達しえないことを理解しなければならないのです。

### (三) 「否定の否定」の論理とこれに対する批判およびその反批判

三浦は、「否定の否定」の法則がヘーゲルによって発見され、エンゲルスがこれを唯物論的に発展させたものであることを述べます。

ここで三浦は、「否定の否定」に対する批判について論じます。まず、人間の認識のまわりみちということだけでは「否定の否定」を十分に理解したことにはならないと指摘します。「否定の否定」は、まわりみちによる発展ということだけではなく、もとにかえってくるという構造をもっています。

三浦は「全面的否定」と「部分的否定」の区別について論じます。全面的否定とは、あるものをまるごと否定してしまうことで、これでは発展は生じません。弁証法的否定は部分的否定であり、否定すべきものは否定し、受けつぐべきものは受けついで発展の契機とするものです。

三浦はまた、デューリングがこの「否定の否定」をヘーゲルの観念論の残りかすだとして攻撃したことにふれ、エンゲルスがそれに対して、自然・歴史・思惟の事実にもとづいてこの法則を実証したことを述べます。マルクスが『資本論』のなかで資本主義的私有は個人的私有の否定であり、資本主義的私有の否定としての社会的所有はその否定の否定であると述べたことについても、エンゲルスは、これは歴史的過程の記述であって「否定の否定」の論理からの演繹ではないと説明したことを紹介します。

### (四) 探偵小説にみる弁証法――「盗まれた手紙」の分析

三浦は、「否定の否定」のまわりみちの構造を、ポーの探偵小説「盗まれた手紙」を例にとって具体的に分析します。

この小説では、ある貴婦人がもっていた手紙をD大臣が盗み、その手紙をたてにとって貴婦人をおどしています。パリの警視総監がデュパンに相談にきます。警察はD大臣の部屋をすみずみまで捜索しましたが、手紙は見つかりませんでした。家具の中、壁、床のすべてを調べ、針で刺したり、顕微鏡で見たりまでしましたが、どこにも隠されていなかったのです。

デュパンは、手紙が見つからない理由は、D大臣が手紙を隠した方法にあると考えます。警察は手紙が「隠されている」と考え、ものの背後や内部をさがしましたが、D大臣は手紙を隠すのに、わざと目につくところに置いたのです。手紙をくしゃくしゃにし、裏返しにして表書きを変え、カード差しにつきさして、だれの目にもつくところに放りだしておいたのです。

三浦はこれを弁証法的に分析します。ものを隠すとは、ふつうは人目につかない場所にしまいこむことです。これがいわば「正」の隠しかたです。ところがD大臣は、人の目につくところにわざとさらけだして置くことで隠しました。これはふつうの隠しかたの否定です。だれでも、隠すものは見えないところにしまうと思い込んでいるから、目の前にあるのにかえって見つからないのです。

デュパンはこのD大臣の考えかたを見抜き、目につくところにあるはずだと考えました。そしてD大臣の部屋を訪問したとき、カード差しにその手紙を発見します。翌日もう一度訪問して、わざと忘れた嗅ぎたばこ入れをとりにくるふりをして、手紙をすりかえたのです。

三浦は、デュパンが成功したのはD大臣の立場を追体験し、その否定のしかた(ふつうの隠しかたの否定)をさらに否定する立場にたったからだと述べます。警察の立場は、隠すことをふつうの意味でしか理解していない点で限界がありました。D大臣は警察の裏をかきましたが、デュパンはさらにその裏をかいたのです。

三浦はここで、警察の失敗はその方法の徹底性が足りなかったためではなく、相手の立場にたって考えることができなかったためだと指摘します。警察は自分の立場の延長でものを考え、相手がどう考えるかという問題をとりあげることができなかったのです。

### (五) 科学の歴史における「否定の否定」

三浦は、「否定の否定」が科学の歴史のなかにも見られることを述べます。

三浦はまず、古代ギリシアの哲学者たちが世界を全体としてとらえたことを述べます。彼らは世界を統一的・全体的にとらえましたが、その認識は素朴なものでした。個々の事物を詳しく分析するという段階にはまだ達していなかったのです。

次に、近代の自然科学が発展するにつれて、自然を個々の部分に分けてくわしく分析する方法が支配的になりました。これは古代の素朴な全体的把握の否定です。この分析的方法によって自然科学はめざましい進歩をとげましたが、同時に、自然を固定的に、孤立的に、ばらばらに見る形而上学的な考えかたも生まれました。

そして弁証法的唯物論は、この形而上学的な考えかたを否定して、ふたたび世界を統一的・全体的にとらえることをめざします。しかしそれは古代ギリシアの素朴な全体性への復帰ではなく、近代科学の分析の成果をふまえたうえでの、より高い段階の総合です。これが否定の否定です。

三浦はこのことについて、エンゲルスの叙述を引きながら説明しています。古代ギリシアの世界観は、素朴ではあるが本質的には正しいものであり、その正しさの内容を、近代科学の実証的な研究成果にもとづいて、より高い段階において再建することが弁証法的唯物論の課題なのです。

三浦はまた、社会の発展にも否定の否定が見られることを述べます。原始共同体社会では生産手段が共有されていましたが、私有財産の発生によって階級社会が生まれました(否定)。そして社会主義社会はこの私有を否定して、ふたたび生産手段の社会的所有を実現しますが、それは原始共同体のたんなる復帰ではなく、はるかに高い生産力の段階での社会的所有です(否定の否定)。

### テーゼ→アンチテーゼ→ジンテーゼの定式に対する批判

三浦は章の最後の部分で、テーゼ→アンチテーゼ→ジンテーゼという「三段階」の定式に対して批判的に論じています。この「正・反・合」の定式はヘーゲルのものですが、これをなんにでも機械的にあてはめようとする考えかたは、弁証法を観念論的に歪めるものです。エンゲルスが強調したのは、この法則が現実の事実のなかに見いだされるということであって、この法則の公式から現実を演繹することではありません。

三浦はまた、「否定の否定」を形式的にとらえて、なんでも「否定の否定」にあてはめようとするやりかたを批判します。大切なのは、具体的な事物の発展の過程を、その内的な必然性にしたがって分析することであり、あらかじめ「否定の否定」という公式を用意しておいてそれにあてはめることではないのです。

三浦は、弁証法の法則はあくまで現実の運動・変化・発展のなかから抽き出されたものであること、したがって弁証法の法則を学ぶことは、個々の具体的な事実の分析に役立てるためであって、公式をふりまわすためではないことを繰り返し強調して、本章を締めくくっています。

## 第6章 矛盾とはどういうものか

**冒頭の毛沢東の引用:**

> 具体的な分析をはなれては、いかなる矛盾の特質をも認識することはできない。
> ――毛沢東

### (一) 矛盾には二つの種類がある――空間による解決と実現による解決

「矛盾」ということばは日常でも使われますが、論理学でいう矛盾と弁証法でいう矛盾とは区別しなければなりません。論理学でいう矛盾とは、ひとつの判断とそれを否定する判断との関係であり、たとえば「Aは教室にいる」と「Aは教室にいない」が同時に主張されるような場合です。これは認識のゆきちがいであって、実際にはどちらかが正しいのですから、事実によって解決がつきます。

弁証法でいう矛盾は、これとはちがって現実の世界の中にある対立・統一の関係です。ひとつの物体に二つの力が反対方向にはたらいている場合、たとえばあるものが上からおさえつけられながら下からもちあげられているような場合がその例です。これは認識のゆきちがいではなく、現実そのものの中にある対立です。

三浦は、矛盾には大きく二つの種類があると述べます。

**第一の種類**は、対立するものが空間的にわかれて存在する場合です。オオカミとヒツジの関係のように、オオカミが東に行きヒツジが西に行けば、空間的にはなれることでひとまず矛盾は解決されます。しかしこれは一時的な解決にすぎません。

**第二の種類**は、ひとつの統一体の中に対立するものが含まれている場合です。たとえば種子の中には、芽として発展しようとする新しい傾向と、種子のままでとどまろうとする古い傾向とが対立しています。この矛盾は、空間的にはなれることでは解決できず、芽がのびて種子の殻をやぶるという形で、つまり実現によって解決されます。

#### ベルトコンベヤーの例

矛盾の最も一般的な規定は「統一物における対立物の相互浸透」です。たとえばベルトコンベヤーの上を人が歩くことを考えます。ベルトが右に動いているとき、人が左に向かって歩くと、人はベルトの運動とは反対の方向へ自分の身体を運ぼうとしているわけです。ここには、ベルトの右への運動と、人の左への運動という二つの対立する運動がひとつの統一体の中にあります。

#### 【図の説明】ベルトコンベヤーの図(p.100)

ベルトコンベヤーの上に棒人間(人)が立っている図です。ベルトは右方向に動いており(ベルトの上に右向きの矢印)、人は左方向に歩こうとしています(人の前方に左向きの矢印)。ベルトコンベヤーは左右に二つの車輪(ローラー)があり、その上をベルトが回っています。

ベルトの速さが人の歩く速さと同じなら、人はその場にとどまります。ベルトの方が速ければ人は右に運ばれ、人の方が速ければ人は左に進みます。この例は、ひとつの統一体の中での対立する二つの力のせめぎあいをわかりやすく示しています。

#### 【図の説明】力の矛盾の図(p.102)

二つの図が (A) と (B) として示されています。

– **(A)**:四角い箱の中に、上向きの矢印と下向きの矢印が描かれています。上向きの矢印の方がやや大きく(力が強い)、下向きの矢印はやや小さい(力が弱い)。これは、ひとつの統一体の中で上向きの力と下向きの力が対立している状態を表しています。
– **(B)**:(A) から右向きの矢印を経て示される図で、同じく四角い箱ですが、上半分に斜線(網かけ)が描かれています。箱の中には上向きの矢印と下向きの矢印がありますが、下向きの矢印の方が大きくなっています。これは、矛盾の力関係が変化した状態、すなわち対立する力の優位が逆転した状態を示しています。

矛盾においては、対立する二つの側面のうちの一方が主要な側面であり、他方が非主要な側面です。主要な側面が変わるとき、ものごとの性質が変わります。毛沢東はこの点を強調して、矛盾の主要な側面が入れかわることがものごとの質的変化をもたらすと述べています。

### (二) 質は過程的な契機であり主体的契機である――根本的な性格と主要な矛盾

三浦は、ものごとの「質」とは何かという問題を論じます。弁証法では、質は固定的なものではなく、過程的な契機としてとらえるべきものです。

ひとつの事物にはさまざまな矛盾が含まれていますが、その中でもっとも根本的な矛盾というものがあります。たとえば資本主義社会には、労働者と資本家の矛盾、帝国主義国同士の矛盾、植民地と帝国主義国の矛盾など、さまざまな矛盾がありますが、もっとも根本的な矛盾は生産の社会的性格と所有の私的性格との矛盾です。この根本的な矛盾がその社会の性格を規定しています。

ところで、根本的な矛盾がつねに主要な矛盾であるとはかぎりません。根本的な矛盾と主要な矛盾とは区別されなければなりません。根本的な矛盾は、その事物の過程を一貫してつらぬく矛盾ですが、主要な矛盾は、ある段階でもっとも前面にでてきている矛盾です。たとえば、日本が外国に侵略されたような場合には、民族的な矛盾が主要な矛盾として前面にでてきます。しかし根本的な矛盾はやはり社会の内部構造の矛盾です。

この区別は、「主要矛盾」と「矛盾の主要な側面」とのちがいにもかかわります。主要矛盾とは、いくつかの矛盾のうちでもっとも重要なものを指します。矛盾の主要な側面とは、ひとつの矛盾の中の二つの対立面のうちの優勢な方を指します。

事物の質を規定するのは矛盾の主要な側面です。対立の中で主要な側面がどちらであるかによって、その事物の性格が決まります。そして主要な側面が入れかわるとき、事物の性格が変わるのです。

#### 【図の説明】ピラミッド型の組織図(p.104)

ピラミッド型(三角形)の組織図です。三角形は大きな三角形の中に小さな三角形が重層的に入れ子になっています。頂点に「中央」、その下に「県」、さらに下に「市」、一番下に「職場」と書かれています。左側に矢印で「指導される」「指導する」「調和させる」という関係が示されています。上から下へは「指導する」、下から上へは「指導される」という関係があり、全体を「調和させる」という関係で統一されています。

#### 【図の説明】芸術における過程と段階の図(p.107)

ひし形(菱形)を連ねた図です。三つの菱形が左から右に連なっています。第一の菱形は上に「認識」、下に「世界対象」、左右は「作者」をはさむ形。第二の菱形は上に「認識」、下に「表現」、左右は「作品」をはさむ形で、第一の菱形と「作者」を介してつながっています。第三の菱形は上に「認識」、下に「表現」、左右は「鑑賞者」「翻訳」をはさむ形。この図は、芸術作品が世界対象から作者の認識を経て作品として表現され、さらに鑑賞者の認識と翻訳という段階をたどる過程を示しています。

### (三) 中よくすることと批判しあうこと

三浦は、人間関係における矛盾、とくに「中よくすること」と「批判しあうこと」の関係を論じます。

人間の集団においては、共通の目的にむかって団結するという面と、たがいに意見を異にして批判しあうという面とがあります。この二つは矛盾するようにみえますが、弁証法的にいえば統一されています。

「中よくする」というのは、共通の意志にもとづく団結です。しかし、ただなかよくするだけでは不十分です。まちがった考え方やまちがったやり方があれば、それを批判しなければなりません。批判しあうことによって、より高い段階の団結が実現されるのです。

三浦は、「矛盾」ということばに二重の意味があることを指摘します。ひとつは「対立物の統一」という広い意味であり、もうひとつは「対立・闘争」という狭い意味です。「矛盾を解決する」というときの矛盾は、対立・闘争という狭い意味で使われています。団結も矛盾(広義)のひとつの側面ですが、ふつう「矛盾」というときは対立・闘争の面だけをさしていることが多いのです。

#### 【図の説明】批判と自己批判の図(p.110)

左右に分かれた二つの場面が描かれています。左側「批判のとき」は二人の人物 A と B が向かい合い、A から B に向かって矢印(実線)が伸びています。A が B を批判している場面です。右側「自己批判のとき」は同じく二人の人物 B’ と B が描かれ、B’ から B 自身に向かって矢印(点線の曲線)が伸びています。これは B が自分自身を批判している(自己批判している)場面です。

三浦は、レーニンの『唯物論と経験批判論』にふれて、レーニンが「ひとつのものの中の二重の相互に排除しあう対立した傾向の認識」が弁証法の核心であると述べたことを紹介します。

#### 【図の説明】二種類の矛盾の立体的なむすびつき(p.113)

二人の人物が向かい合って立っています。上部では、二人の頭の間に「対立した意見による討論・批判」と書かれ、頭から頭へ双方向の矢印(破線)が飛び交っています。下部では、二人の手が握手するように下方で交わっており、「共通の意志による団結」と書かれています。この図は、二人の人間の間に、上部では対立した意見による討論・批判という矛盾がありながら、下部では共通の意志による団結という統一があるという、二種類の矛盾が立体的にむすびついているさまを表しています。

#### 「団結――批判――団結」の定式

三浦は、毛沢東が提起した「団結――批判――団結」という定式について述べます。

#### 【図の説明】団結→批判→団結の図(p.114)

縦に「団結」「批判」「団結」と大きな文字で並べられ、上の「団結」から「批判」へ、「批判」から下の「団結」へと矢印が伸びています。

この定式は、まず団結の願いから出発し、批判・闘争をへて、あらたなより高い段階の団結に到達するという過程をあらわしています。はじめの団結は、共通の基礎の上にたった団結です。しかしそこにはさまざまな意見のちがい、認識のくいちがいがあります。それを批判と自己批判によって解決し、より高い段階の団結を実現するのです。

三浦は、この「団結――批判――団結」の定式が、矛盾の解決にとって非常に重要な方法であることを強調します。これは人民内部の矛盾を解決する方法です。敵味方の矛盾と人民内部の矛盾とでは解決の方法がちがいます。敵に対しては独裁の方法をとりますが、人民内部の矛盾に対しては民主的な方法、すなわち「団結――批判――団結」の方法をとるのです。

矛盾の解決において大切なことは、矛盾を具体的に分析することです。ものごとの矛盾にはそれぞれの特殊性があり、一般的な公式をあてはめるだけでは解決できません。毛沢東がいうように「具体的な分析をはなれては、いかなる矛盾の特質をも認識することはできない」のです。

三浦はさらに、マルクス主義の立場からみて、矛盾の具体的な分析がいかに重要であるかを論じます。教条主義的に公式をあてはめるのではなく、現実の矛盾をその特殊性において具体的に分析しなければなりません。そのためには、対立している二つの側面の性質、力関係、発展の方向をよく見きわめることが必要です。

弁証法は、矛盾を認識の中に正しくとらえかえすための方法であり、矛盾の具体的な分析は弁証法的な認識の核心をなしているのです。

## 付録:本書の章構成と弁証法の三法則の対応

本書の全体的な構成を整理しておきます。

| 章 | タイトル | 対応する弁証法の法則・テーマ |
|—|—|—|
| 第1章 | 世界のありかたをどう見るか | 弁証法の位置づけ、唯物論と観念論、弁証法と形而上学 |
| 第2章 | 弁証法はどのように発展してきたか | 弁証法の歴史(ゼノン→ヘーゲル→マルクス) |
| 第3章 | 対立物の相互浸透とはどういうことか | **第一法則:対立物の相互浸透**(つながりと独立、媒介、認識論、世界と自分の二重化、人間と社会、生産と消費) |
| 第4章 | 量質転化とはどういうことか | **第二法則:量から質への転化**(限度、薬の例、マニュファクチュアへの転化) |
| 第5章 | 否定の否定とはどういうことか | **第三法則:否定の否定**(まわりみち、拡声装置、録音、推理小説、哲学史・科学史) |
| 第6章 | 矛盾とはどういうものか | 矛盾の二種類(論理的矛盾と弁証法的矛盾)、主要矛盾、批判と自己批判、団結──批判──団結 |

**書誌情報**

三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』
– 初版:1955年、講談社ミリオン・ブックス
– 新書版:1968年9月、講談社現代新書
– 電子書籍版:2012年12月1日、講談社
– 著者:三浦つとむ(1911年東京生まれ、1989年逝去)
– 著作権:© Toshiko Miura 2012

コメント

タイトルとURLをコピーしました